グループ活動見守りシステムに適用可能なモバイルアドホックネットワーク技術

Last-modified: 2010-02-24 (水) 21:48:54 (2827d)

研究の学術的背景

 グループ活動には、学校の登下校、野外活動、旅行会社の団体旅行等、多種多様である。学内外での教育活動中にすべての児童が安全に活動しているかどうか等、確認を行う必要がある。また、一定数以上の参加者で構成するグループがまとまって行動する団体旅行等では、旅行会社の引率者はすべての参加者が安全かどうか確認を取りながら移動している。このように、グループ活動においてグループメンバーの安否等の行動状況や状態を確認することは必須の機能である。

 しかしながら、グループ活動においてグループメンバーの安否等の行動状況や状態を確認する機能は、グループを構成するメンバーが活発に動き回るほど、また、メンバー総数が多くなるほど、それを実現することは困難になっていく。

 これらの問題を解決する技術を開拓するために、研究代表者らは、平成17年度〜平成19年度総務省戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE-C)において、スケーラビィリティがあり、モバイル端末の移動速度の変化に適応する、クラスタリング技術、ルーティング技術等のモバイルアドホックネットワーク技術[文献1]を提案した。これらの技術の一部を児童の登下校を見守る児童見守りシステムの開発に応用した。また、総務省の地域児童見守りシステムモデル事業の一つとして採択された事業として、児童見守りシステムは平成19年9月から12月まで400人を越える児童を対象に広島市安芸区矢野南小学校学区において実際に運用した。

 一般に児童の安全確保システムについては、総務省が平成19年3月に国内の249件の事例をまとめた調査結果[文献2]を示している。電子メール、ウェブシステムを通して不審者情報等を提供する情報提供システムが全体の約40%を占めており最も普及しているが、効果は限定的である。GPS付携帯電話により位置情報を提供する状態把握システムは全体の約24%を占めている。このシステムでは、GPS付携帯電話を持つ児童を見守ることは可能であるが、一緒に行動する児童のグループを見守ることはできないので、児童が一人でいるのかどうかまではわからない。

 登下校通知システムやそれを発展させた見守りシステムは、それぞれ全体の約14%、約12%である。登下校通知システムや見守りシステムでは、それぞれ学校や通学路上の決められた場所を通過した時刻等を保護者が確認できるものである。特に、見守りシステムは、児童の見守りに最も効果的であり、今後の研究開発が期待されている。従来の見守りシステムでは、児童に無線タグを携帯させ、タグが発信する情報を読み取るタグリーダが通学路に幾つかの場所に設置されている。これらの場所で得られた情報をこれらのタグリーダをネットワークで結んで収集している。このようなシステムでは、児童が携帯するタグから児童に関するプライバシー情報が漏れる可能性がある。情報そのものは暗号化されていても、情報の発信形態を分析することにより児童を特定される恐れがある。

 広島市で運用した児童見守りシステムでは、児童はBluetooth通信機能付携帯端末を持ち、通学路上に設置された幾つかの場所を通過したときに、Bluetooth通信によりその場所の位置情報を携帯端末に伝える。また、各携帯端末の周辺に存在する他の携帯端末とBluetooth通信を行い、携帯端末でモバイルアドホックネットワークを動的に構成し、児童のグループ情報を共有する。これらの位置情報とグループ情報は携帯電話ネットワークを通して保護者に通知される。このような仕組みを導入しているため、後述の3つの特長を有しており、GPS付携帯電話やタグを児童に持たせるシステムとは設計概念が大きく異なる。

(1)近辺に存在する携帯端末で自動的にモバイルアドホックネットワークを構成することができる。児童を見守る地域のボランティアの方々にも携帯端末をもってもらえれば、児童だけでなくボランティアを含めたグループを構成することができる。児童の位置情報だけでなく、児童の近辺に存在する他の児童やボランティアのグループ情報を保護者に提供できる。

(2)通学路の幾つかの場所に設置するものがタグであり、携帯端末はタグリーダの関係にある。タグから発信された位置情報を携帯電話が受信し、その情報を携帯電話ネットワークを通して保護者に通知するので、児童のプライバシー情報が漏れる可能性は低い。グループ内ではグループ情報を共有するが、移動する携帯端末間はBluetoothの近距離通信を採用しているので、グループ外からグループ情報を盗聴することは困難である。

(3)モバイルアドホックネットワークのトポロジーの動的変化を利用することにより、児童が通学路から離れ、かつ一人でいる状態が一定時間以上続けば、危険な状態として保護者に注意を喚起することができる。

 モデル事業での運用結果に基づいて児童見守りシステムの性能を評価した。通学路上に設置されている通過予定のタグ数に対する実際に通過したと認識されたタグ数の割合を通学路タグ認識率と定義し、システムを利用する児童数で平均化したものは、登校時8割、下校時7割5分程度であった。性能を低下させた要因として、タグや携帯端末の故障や性能不足によるものも運用当初かなりあったが、運用が進むにつれてシステムは改善された。最終的には、携帯端末の充電不足や児童が通過予定のタグの付近を通過していない要因、つまりシステムに依存しない要因がほとんどであった。

 本研究では、上述の見守りシステムの開発と運用の経験を活かして、児童の見守りに限らず、グループ活動の見守りに適用可能なモバイルアドホックネットワーク技術を開拓し、実際にシステムを開発し、児童見守りシステム等に応用することを研究目的とする。

研究目標

 児童見守りシステムでは、使用した携帯端末のハードウェアの性能が制約されたため、児童が一人になっているかどうかは正確に把握できたが、学校到着時、下校開始時など児童が集中するときには、グループ内の児童数を正確に把握できなかった。そこで、グループ内のグループメンバーの数を正確に把握するための技術を考案する。また、登下校の見守りでは、通学路上に幾つかのタグを固定的に設置すればよいが、野外活動や団体旅行では、グループメンバーの移動に伴いタグも移動する必要がある。そこで、タグリーダである携帯端末とともにタグも移動できる見守りシステムを開発する。更に、グループ内でグループ情報を共有するため、ここからグループメンバーのプライバシーが漏れる可能性が残っている。そこで、セキュリティを高めるため、グループ内で秘密鍵を分散して配送するセキュアなモバイルアドホックネットワークの開発を行う。従って、本研究では、グループ活動の場所を特定しない環境においてもグループ内のグループ情報を正確にかつ安全に把握するための技術を開拓し、これらの技術を応用したグループ活動見守りシステムを開発することを目指す。

期待される成果

 アドホックネットワークを非常時の通信のために基幹ネットワークの代替手段に用いている事例は多い。例えば、平成19年度末に塩尻市内のすべての小学校の校区を対象として、中継機約400台から成る大規模なメッシュネットワーク(固定型アドホックネットワーク)を整備し、約500人の児童が子機を持つシステムを構築している。この見守りシステムは、従来のタグをベースにしたシステムであり、児童から得た情報を収集する機能にメッシュネットワークを適用している。これに対し、広島市で構築した児童見守りシステムでは、児童に端末を携帯させる機能、児童から情報を得る機能にモバイルアドホックネットワークを適用している。本研究では、児童の登下校のようにグループ活動の場所を特定する場合だけでなく、場所を特定しない見守り活動に適用できるものであり、独創的である。研究結果が得られれば、様々なグループ活動に適用可能となり、社会的波及効果は大きい。

文献

(1) 角田良明他:“モバイルアドホックネットワークにおけるスケーラブルグループメンバー確認技術に関する研究開発,”(http://www.nsw.info.hiroshima-cu.ac.jp/SCOPE-C).

(2) 総務省:“ユビキタスネット技術を用いた子どもの安全確保システム及び高齢者の安全確保システムに関する事例,”平成19年3月28日(http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/070328_9_bs1.html).