研究について

Last-modified: 2008-06-29 (日) 21:48:44 (3432d)

新たなシステム技術として,ニーズの異種性と状況変動に対する適応性を満たし,異種システムを共存させて相乗効果を生み出すアシュアランスシステムが大きな注目を集めている.研究代表者らは,分散システムに関する国際会議(略称ICDCS)のなかで分散システムとネットワークに焦点をあてたアシュアランスに関する国際会議International Workshop on Assurance in Distributed Systems and Networks (略称ADSN) を平成14年に新たに設立し,これまでオーストリア・ウィーン,アメリカ・プロビデンス,日本・東京,アメリカ・コロンバスで開催した.研究代表者はいずれも会議副委員長を務めた.電子情報通信学会英文論文誌B,Dではアシュアランスシステム特集が平成15年10月に共同発行され,研究代表者は本特集の編集委員長を務めた.本特集には,欧米,アジアからも多数投稿があり,ネットワーク制御・管理,モバイルアドホックネットワーク,エージェントシステム等に関する論文が掲載されている.このようにアシュアランスシステムの研究は着実に進められている.

研究代表者らは,平成15年度から平成17年度までの基盤研究(C)において「環境適応型エージェントに基づくアシュアランスネットワークソフトウェアの設計と評価」の研究を進め,様々なアシュアランスネットワークソフトウェアの設計に環境適応型エージェント技術が有効であることを示した.そのなかでアドホックネットワークに特に有効であることを明確にし,クラスタリング,ルーティング,サービス発見などの新しい手法を提案してきた.本研究では,この研究成果を踏まえて,アドホックネットワークを対象としてトポロジーなどのネットワーク環境の変動に速やかに適応する実用的な環境適応型エージェント技術の確立を目指す.

アドホックネットワークではモバイル端末間の無線リンクでデータを送受するとともにモバイル端末にはデータ転送機能がある.モバイル端末が移動しても無線リンクの連結経路によりデータはソースからデスティネーションに転送される.そのためアドホックネットワークはネットワーク環境の変動に適応すべきアシュアランスシステムと捉えることができる.アドホックネットワークではモバイル端末の移動する速度や方向を予測することが一般的に困難であり,サービスを提供するサーバが提供者の意志により現れたり消えたりする.時間とともに頻繁にネットワークのトポロジーを変化させる極めて動的なアドホックネットワーク環境に対しては,ネットワーク環境の変化は小さいという前提にこれまで理論が構築されてきたネットワーク制御・管理の静的な最適化は意味がない.このような最上級の変動性を有するアドホックネットワークにはそれ固有の動的なネットワーク制御・管理が必要である.環境適応型エージェントは,個々のエージェントが周囲の局所情報のみに従ってネットワーク環境の変化に自律的に適応するため,ネットワーク環境の変動に追随しネットワーク資源を適応的に制御できる可能性を秘めている.

アドホックネットワークはネットワーク上に分散配置された各モバイル端末が自律的に動作し移動するので典型的な自律分散システムと見做すことができる.これまでの研究成果により,自律分散システム技術は環境適応型エージェント技術のベースとなりえると考えている.研究代表者は平成15年の国際会議 International Symposium on Autonomous Decentralized Systems (略称ISADS)のプログラム副委員長を務めた.また,平成17年4月のISADSのなかで国際会議International Workshop on Ad Hoc, Sensor, P2P Networks (略称AHSP) を初めて設立し,研究代表者は会議委員長を務めた.これらの国際会議で議論されてきた自律分散システム技術を用いてアドホックネットワークのための環境適応型エージェント技術を構築している.

アドホックネットワーク技術については最近,国内外において活発に研究が行われている.スイス国立科学財団・モバイル情報通信システム・研究センターでは Terminode と呼ばれるアドホックネットワークの研究プロジェクトが組織され,物理層,ネットワーク層,アプリケーション,セキュリティ,センサーネットワーク,理論,システム等の幅広い分野を研究している.また,UCLA のGerla 教授を中心とするWireless Adaptive Mobility Laboratory では,アドホックネットワークのネットワーク層,データリンク層等に関して活発な研究を進めている.その他,カーネギーメロン大学,コーネル大学等でもアドホックネットワークの研究が進められている.

一方,国内では,新潟大学の間瀬教授を中心としてアドホックネットワークプラットフォームに関するコンソーシアムが設立され,NICT, ATRおよび13社の企業と一緒にアドホックネットワークを実装し評価する実証実験的研究を進めている.また,電子情報通信学会にアドホックネットワーク時限研究専門委員会が設立され,平成17年1月に国内で初めてのアドホックネットワークに関するワークショップが開催された.国内では,東京大学,慶応大学,新潟大学,NICT, ATRなどでアドホックネットワークについて活発に研究されている.研究代表者は,アドホックネットワークプラットフォームに関するコンソーシアム運営委員であり,アドホックネットワーク時限研究専門委員であり,国内のアドホックネットワークの研究活動に深く関与している.

アドホックネットワークでは,モバイル端末の移動によりネットワーク環境が変化するので,データ伝送の経路を動的に維持することが必須である.このようなネットワークが大規模化されれば,スケーラビリティを満たすネットワーク制御・管理技術だけでなく,ネットワーク環境や利用形態の変動に適応するネットワーク制御・管理技術が求められる.ところが,アドホックネットワークの大規模実証実験は行われているが,大規模化および利用者の増大を見据えたネットワーク制御・管理技術についての議論は少ない.既存の有線ネットワークにおいてはネットワークの大規模化に対処する最も有力な対策の一つは階層化であるが,アドホックネットワークにおいてはモバイル端末が移動するため真の階層化(互いに疎なサブネットワークに分ける機能)の導入は極めて難しい.研究代表者らは自律分散クラスタリングによる動的階層化により,アドホックネットワークに初めて真の階層化を導入している.更に,階層化されたアドホックネットワークを前提として,幾つかのネットワーク制御・管理技術を既に提案済みである.例えば,大規模なアドホックネットワークに対するユニキャストルーティング,マルチキャストルーティング,サービス発見などである.

本研究では,アドホックネットワークのために下記の環境適応型エージェント技術を開発する予定である.

(1)アドホックネットワークはトポロジーなどのネットワーク環境が変動し,更にアドホックネットワークを利用するユーザの利用形態も変動する.しかしながら,実際のネットワーク運用ではモバイル端末の消費電力量などに制約がある.また,無線が届く距離が異なる端末が混在する場合,移動するモバイル端末と移動しないモバイル端末が混在する場合も考えられる.これらの制約条件を満たすように様々な場合においてネットワーク環境や利用形態の変動に適応する実用的なルーティング技術,サービス発見技術などを開発する.センサーネットワークは,アドホックネットワークのモバイル端末がもつデータ中継機能に,温度や湿度等のモバイル端末に相当するセンサーノードのデータ観測機能を加えたものである.また,P2Pネットワークではサーバの利用の可否およびデータを要求するユーザの場所が時間の経過に伴い変化する.そのため,センサーネットワークもP2Pネットワークもネットワーク環境が変化するアドホックネットワークと見做すことができる.本研究では,センサーネットワーク,P2Pネットワークに対しても適用可能な環境適応型エージェント技術を開発する.

(2)現状のアドホックネットワークルーティング技術では,データはモバイル端末の偶発的な移動により結合された経路に沿って送受される.つまり,経路は時間とともに変化し予測できない.これに対して,送受されたデータに基づいてモバイル端末を移動させるアプリケーションも存在する.研究代表者が検討を進めている,アドホックネットワークを活用した自動車走行制御スケジューリングである.このアプリケーションでは,高速道路を走行する個々の自動車をモバイル端末と見做し,近隣で走行する自動車のグループでアドホックネットワークを構成する.まず,構成されたアドホックネットワークを活用して高速道路を走行する個々の自動車の位置や速度に関するデータを互いに交換することにより各自動車は渋滞回避に必要なデータを集める.次に,各自動車は集まったデータに基づいて適切な自動車走行制御スケジューリングを決定し,それに従って走行する.アドホックネットワーク技術を活用した従来にない画期的なアプリケーションであり,ETCなどだけでは解決できない高速道路の交通渋滞を軽減できる.また,モバイル端末を移動させるアプリケーションは自動車走行制御スケジューリングだけでなく,ロボット制御など様々アプリケーションへ応用できる. 上述の(1),(2)の環境適応型エージェント技術を開発することにより,ネットワークの変動や利用形態の変動に適応できる実用的なアドホックネットワーク技術を確立し,アドホックネットワークを活用した様々なアプリケーションに応用することが期待できる.